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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)2648号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人Aの弁護人黒川新作竝に其の余の各被告人の弁護人三木今二提出の各上告趣意は別紙書面記載の通りであつて之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

被告人Aの弁護人黒川新作の上告趣意第一点について。

被告人Aが金融緊急措置令の適用を受ける金融機関の職員でないこと所論の通りであるとしても、原判決は第一の三及び七の事実として、同被告人が貯金払戻請求者の単なる使者又は代理人としての行為をしたものでなくて、金融機関の職員たる相被告人等と共謀して判示犯行をした事実を認定した上、刑法第六五条第一項を適用して同被告人を処断しているのである。そして金融緊急措置令は同令所定の違反行為あつた場合、金融機関の職員を処罰するのであつて、その支払を受けた相手方たる預金者を処罰するものではないこと所論の通りであるが、預金者以外の者が預金者の為め金融機関の職員と共謀して同令違反の所為に出でた場合において、右預金者以外の者の所為迄も処罰しない法意ではない。即ち、この場合預金者以外の者は金融機関の職員でなくても正に刑法第六五条第一項により金融機関の職員の同令違反の行為の共犯としての責任を免れないのである。従つて原判決がこの点において被告人Aを金融機関の職員たる相被告人の共犯として処罰したことに所論のような違法はない。次に横領罪の点についても、原判決は、同被告人が京都郵便局資金の業務上保管者たる相被告人と共謀の上、郵便局資金は勝手に他に流用し得ず従つて該資金中から勝手に封鎖小切手等と引換支払をなし得ないことを知り乍ら判示の各業務上横領の所為に出でた事実を認定し、その業務上保管者たる身分のない同被告人については、刑法第六五条第一、二項を適用して単純横領罪を以て処断しているのである。そして同被告人が相被告人から何等利益の分配を受けなかつたとしても、右共謀の認定をいさゝかも妨げるものではない。従つて、この点においても原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は原判決が被告人を判示各所為について相被告人等と共謀共犯の関係に立つものと認定したことについて種々非難するのであるが、原判決がその挙示引用の証拠により右共謀の事実を認定したことが実験則に違背するものとは認められないから論旨は採用することができない。

同第三点について。

所論は、被告人の犯行の動機、犯罪の情状、犯罪後の情況、相被告人等との刑の権衡等について被告人に利益の事情を述べ執行猶予の裁判を願い度いというのであるがこのような主張は適法な上告理由とならない。

被告人B、同C、同D、同E、同F、同G、同Hの弁護人三木今二の上告趣意第一点の(一)について。

被告人A(趣意書にIとあるはAの誤記と認めるが判示第一の三及び七の各所為について金融緊急措置令違反の共犯者としての責任を免れないこと、従つてこの点の原判決の法律適用に瑕疵のないこと既に前記黒川弁護人上告趣意第一点について説明した通りである。

次ぎに所論のJについては、原判決は、第一の八の事実として、被告人Fが同人と共謀して不法の預金払戻しをしたという事実を認定したゞけで、Jが金融機関の職員としての共犯者なのか又はそのような身分なくしての共犯者なのかを明示していないけれども(Jは第一審の被告人であつて原審の被告人ではないから、そのことを明示しなくとも差支えない)、Jの身分如何にかかわらずFはJの共犯者たり得るのであるから、仮りに所論のように、Jが金融機関の職員ではなかつたとしても、原判決がFに対して刑法第六〇条を適用したことには、何等の違法もない。よつて論旨第一点の(一)の主張はすべて採用することができない。

同第一点の(二)について。

被告人Hが昭和二〇年一〇月一日から昭和二一年四月一四日迄京都郵便局貯金保険課為替貯金部窓口班主任として現金、為替、封鎖小切手等の受払保管に関する事務を管掌し、右四月一五日以後は同課経理部主任として経理事務を担当していたこと所論の通りである。然し乍ら、原判決は又その挙示引用の証拠に基いて同被告人が同郵便局貯金保険課内部における前記の地位の移動に拘らず、依然金融緊急措置令に所謂金融機関の職員としての職務権限を有していたものと認定したのであること判文上明らかである。原判決はしかる上で判示第一の四及び五の事実について同被告人を金融緊急措置令違反の共同正犯として刑法第六〇条を適用し又は単独正犯として処断しているのである。論旨は結局原判決の採用しなかつた証拠に基いて同被告人が昭和二一年四月一五日以降金融機関の職員たる職務権限がなかつたことを主張し、この前提の下に、前示第一点の(一)と同様、同被告人の判示第一の四及び五の事実について擬律錯誤の違法を主張し若は法律の不備を非難するものであつて、採用に値しない。

同第二点の(一)について。

然し乍ら原判決を精読すれば、原判決が判示第二の各業務上横領の客体として認定したのは、所論のように小切手(小為替)ではなくして、当該被告人等が各業務上保管する京都郵便局資金中の判示各封鎖小切手、同小為替の額面に相当する現金であること疑を容れない。そうして被告人等が右現金を横領したことは挙示の証拠によつて明らかなところであるから、原判決には所論のような違法はない。論旨は原判決の誤解にもとづく主張であつて理由がない。

同第二点の(二)について。

然し乍ら記録を調べてみると原審第一回公判調書に依れば、被告人Bの供述として、同人の本件当時の職掌について判示と同旨の記載があり、同第二回公判調書に依れば同公判期日において審理更新の手続がなされ、この点について同被告人は第一回公判調書と同様の供述をした旨の記載があるのであるから、原判決が被告人Bの判示業務を同被告人の原審公判廷における判示と同旨の供述により認定したことに所論のような違法はない。

同第二点の(三)について。

然し乍ら、横領罪は他人の物を保管する者が、その他人の権利を排除して、擅に即ち権限なくしてこれを処分すれば成立するものであつて、必ずしもその保管物についてこれを自己の所有となし若くは自己の利益を得ることを目的として処分するを要しないこと当裁判所の判例の示すところである。 (昭和二三年(れ)第九〇三号同二四年六月二九日大法廷判決参照)。そうして原判決はその挙示引用の証拠に基いて被告人B、同D、同G、同C、同F、同Aがいづれも郵便局資金は勝手に他に流用し得ず従つて該資金中から勝手に封鎖小切手、同小為替と引換支払をなし得ないことを知り乍ら、A以外の同人等が業務上保管に係る京都郵便局資金と封鎖小切手又は同小為替証書とを不正に交換支払をしょうと企て判示第二の各所為に及んだ事実を認定したのであるから、横領の犯意を欠くものであるとの非難は当らない。且つ又前記被告人等が判示第二事実について、判示の通り封鎖小切手若は同小為替証書の各所持人等の依頼を受け、同人等の利益のために之を現金化したものであつても、右業務上横領罪の罪責を左右するものではない。次に又横領罪の成立については前記被告人等の判示各所為は京都郵便局資金に対する国家の財産権を侵害すること明らかであるから、この点の論旨も亦理由がない。所論は独自の見解に基いて原判決を非難攻撃するもので採用に値しない。

同第三点について。

然し乍ら刑訴応急措置法一三条二項が合憲であつて、憲法七六条三項に違背しないことは、当裁判所の判例の趣旨に徴し明らかであるから、所論前段は理由なく、(昭和二二年(れ)第四三号同二三年三月一〇日大法廷判決参照)、従つて又所論後段の量刑不当の主張は適法な上告理由とならない。

よつて旧刑訴四四六条によつて主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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